2016年9月15日 (木)

アメリカ携帯電話事情


11年ほど前、わたしが渡米したばかりの頃。
一番最初にやったことが携帯電話を買うことだった。
今でこそやれiPhoneだのなんちゃらだの、日本もアメリカも同じような機種が出回っているけれども、当時は凄かった。
日本では、音楽が聴きやすい”ウォークマン携帯”だの、
テレビが見られる携帯だのが流行っていて、わたしもご多分に漏れず使っていた頃。
アメリカの携帯は当時びっくりするほど遅れていて、
(多分わたしがそのまた5年前に使っていたPHSなんかとあんまり変わらない感じだったと思う)
携帯屋の軒先でどれも欲しくないとどんよりした記憶がある。
結局わたしが買ったのは、Cingular (現AT&T)の最新携帯で、
クソ厚くてクソ重くて「インターネット?はぁ?」みたいな、本当に携帯”電話”だった。



アメリカの携帯電話会社

全国展開:
AT&T、Verizon、T-Mobile、Sprintの4社。

”Big Four”とも呼ばれる。
一番お客さんの数が多くて、回線が強い(=圏外が少ない)。
もちろん一番良く目にするのもこの4社。


地域展開:
US Cellular

アメリカ国内のだいたいの地域をカバーしてる。
もしカバーされた地域から外に出ないのであれば全く問題ない。

プリペイド: Cricket, MetroPCS, Virgin Mobile, Boost Mobile
前者3社は左からAT&T, T-Mobile, Sprintの傘下。
Boost Mobileはアメリカに上陸したオーストラリアの会社。
(ただしアメリカでの回線はSprintのもの)

リセラー(Reseller):Republic Wireless, Ting, GIV Mobileなどを含むその他全ての子会社。先のBig Fourの回線に乗っかっている。

プリペイド携帯とリセラーに関しては
・たいてい一括払い
・選べる機種が少ないことが多い
・クレジットチェック(信用調査)が必要無い
・既に持っている機種を持ち込み出来る場合が多い

(http://www.cnet.com/news/comparing-wireless-carrier-plans-us/)

と、Big Fourよりも対応が柔軟な印象。
大手4社についても、一消費者の視点から言えばどこも大して変わらないし、
どこのプランも同じように面倒臭くてわかりづらい。
もはや「無制限通話/無制限テキスト(メール)」というのは常識のようで、
データ通信量で値段をつけるのが昨今の携帯プランらしい。


機種について
機種についてはもうどこも似たり寄ったりな気がする。

店頭に行くと、ぱっと目につくところに並んでいるのはやっぱりSamsung、Apple、LG辺りなのかなと思う。
一昔前まではプリペイドの携帯というともうそれ専用の、クソダサい機種の中から選ばなければいけなかったような記憶があるけれど、もうそんなことはないのね。

OSはやはりiOSかAndroidのものが多い。
あとWindows Phoneというのもありましたね。
個人的な感想だけれど、やっぱり身の回りをAppleで固めているとAndroidよりもiPhoneの方がいろいろラクチン。でもカスタマイズの自由度で言うと、俄然Androidの方が楽しい。
Gadgetで時計やカレンダー、ツイッターなんかをトップ画面にそのまま表示出来るのは便利だったなあ・・・。その点、iPhoneはどこまでいっても教祖様の有難いスタイリッシュおデザインに従うしかない。(これを不自由だと思うか否かはまた別の話)



T-MOBILE
毒々しいピンクがカンパニーカラー。
3社の中で一番若者をターゲットにしてる感がある。
うちは夫婦揃ってここのプラン。
わたしのプランは
電話とテキスト(携帯メール)が無制限($35)
3GBの高速データ($10)と、国際電話のディスカウントプラン($5)で、しめて月$50。
(日本円で5000円程度)
この無制限電話&テキストプランは、わたしがアメリカで初めて携帯を買った時に契約したもので、つい数年前にもっと安いプランに変えようとしたところ、
今契約できる現行プランにこれ以上安いものはないから絶対変えない方が良いと言われて以来そのまま。
旦那は無制限通話とテキスト、1GBの高速データで占めて$50。
ファミリープランに変えようかと考えたこともあったけど、
たいして安くならないようなので多分変えない。
ファミリープランて、4人家族とかの場合じゃないとあまり意味ないのではないのかなあ・・・?


Verizon
他に比べてプランがちょっと高いという。
わたしがLA郊外の大学に行っていた頃は、”Valleyに住むならVerizonが一番強いよ”という噂がまことしやかに囁かれ、確かにValleyで生まれ育った人間はVerizonユーザーが多かった。
(Valley地帯:ロサンゼルスを東西に走るフリーウェイ101を越えた北側。
ちょっと郊外。北西は高級住宅地のカラバサスの方まで、北東には大きなアジアンコミュニティがある。飲茶が安くて旨いエリア。ただし夏はクソ暑くて、LAの真ん中と10度ぐらい違う。)


Sprint

安いけど繋がらないと有名だったあの頃。(8年ぐらい前の話)
その後エリアは拡大されましたでしょうか・・・?
今の目玉はUnlimited Freedomというプランらしい。
Freedomを謳うのに”プラン”なのだから参ってしまう。



どこの会社もそうなんだけど、
最近は「無制限THIS! 無制限THAT!」みたいな大々的な広告の下に、
小さいグレーの文字で(※ただし〜)みたいなことが細々書かれていることが多い。
T-Mobileなら「Netflixのストリーミングが無制限!!(※ただし画質は低画質)」みたいな、そういうの、ある。
あの手この手でオプションつけさせて料金釣り上げよう!みたいのがひしひしと伝わってくる。
わたし個人としては、大体全部のことをWi-Fi環境でしかやらないので、ご大層なプラン要らないんだよね・・・。
Verizon とAT&Tはケーブルテレビだとかインターネット回線も提供してるから、
携帯と一緒に契約するとほーらこんなにお得!というゴリ押しがある。
悪いな、うちテレビないねん・・・・。
日本でつい先日、高齢の父親が某パソコンサポートサービスでぼったくられて契約解除にン十万払ってダブルでボラれたっていう話あったけど、
携帯電話のプランなんて見てると高齢じゃなくたってわかんねーわ!て思うぐらいどの会社も本当にわかりづらい。
人並みに通話が出来て、人並みにメールが送れて、外でたまにレストラン検索したりマップでナビゲーション出来るだけのデータ通信があればワイは十分なんや・・・

・・・と思っていたらありました!


そんな会社が!



その名もTing!


ここはpay-per-useのシステムが売り。
従来の「決められた値段を先に支払う」方法ではなく、「使った分だけ後から払う」。
必要な電話回線数、必要な通話時間、メール数、データ量に支払う。

一回線のみの場合
通話:100分
メール:1000通
データ:500MB

で月24ドル、というのがポピュラーなようだ。
もちろん、それ以上、それ以下の使用の場合は価格は増減する。
契約による縛りがないからもちろんいつやめても違約金なども発生しない。
ここだけが特別なのかと思っていたら、Reseller系のプロバイダーはどこもこんな感じのようです。


余談だが、先日旦那がデータプランを変えるというのでここの支店に出向いたら、
プロセスの最後に「ソーシャルセキュリティーナンバー(SSN)をお願いします」と言われた。
SSNとはアメリカ国内で一番効力のある身分証明で、提示することが義務である場合を除いてはセキュリティー面を心配して開示したくない人が多い。
にも関わらず、携帯会社を始め、インターネット業者だの銀行だのも、あたかもそれが当然のようにSSNの提示を求める。
しばらくTingに変えようかどうしようか考えていた旦那氏、
この一件で移行する方針を固めたようです。
Tingが果たして良いのかどうか、その結果はまたその時にお知らせします。

2016年8月31日 (水)

第三回:日本のここがすごい!「アニメ」

先月「ズートピア」を大絶賛してしまったので、今月は日本のアニメも絶賛したくなった。
わたしはそれはもう大変なオタクなので、良いのだ。

わたしの夢は”Gorillaz”みたいな覆面プロジェクトの架空バンドでアニソン歌うことなのだ!

日本のアニメは「クールジャパン」のひとつだ。
アメリカのオタクの夏は、コミケの代わりにANIME EXPOがある。
毎年七月の頭に、LAコンベンションセンターを使って行われる日本のアニメのお祭りだ。
商業ブースはもちろん、コスプレだのアニソンカラオケだの新作アニメのスクリーニングだの監督や声優の方を日本から招いてのパネルディスカッションがあったりするらしい・・・・・・
とここまで書いておいてナンだけれど、恥ずかしながらわたしはまだ行ったことがない。


日本のアニメ、ここ数年はどんどん知名度が広がってきているのか、
「え!こんなところに!」みたいな見かけ方もする。
ドラゴンボールやポケモンなんかは多くの人が知っている。
アメリカでNARUTOやBLEACHが大流行したのは、
前者は忍者や忍術、後者は着物を着て大きな刀をブン回しながら派手に戦うというのが人気の理由だ・・・とその昔アメリカ人のNARUTOオタクが教えてくれた。
アメリカ人の旦那(32)も、高校生ぐらいの頃に"ドラゴンボールZ"や"Hellsing"、"頭文字D"などなどを見ていたという。
オタクの嫁を持つ可哀想な旦那は日本語勉強の一環として”進撃の巨人”だの”Fate/Zero”だの”ルパン三世”だのわんさか見させられて、
ついに去年、ジョジョのせいで「じじい」という単語を覚えた。
しまったやりすぎた。
(それでも一番好きなアニメは"しろくまカフェ"だという)


米大手ストリーミングサイト”NETFLIX”でも、ここ数年で日本のアニメがとても増えた。
日本語音声に英語の字幕、というのが基本仕様だ。
ライセンスの関係なのか、たまに配信作品が入れ替わったりする。

194857_2(こちらはNetflixのアニメのページ。充実してるでしょ?)

また、アメリカには Crunchyroll という日本のアニメのストリーミングサイトもあって、
アニメの他にも、英訳版の漫画やアジア圏のドラマなども配信している。
このサイトの目玉は”simulcast”と呼ばれる有料会員向けのサービスで、
現在進行形で日本でテレビ放映されているアニメが、本国で放送になった一時間後には英語字幕つきでストリーミングされるというから驚きだ。
(無料会員でも日本での放送から一週間遅れ程度で見られる。)
快適なオタクライフここに極まれり。

もちろんスタジオジブリも有名だ。
こちらの紀伊国屋のジブリコーナーで流されている宣材ビデオを熱心に見ているアメリカ人と遭遇することも多々ある。
LA市内の所謂「アート系」の映画館では、
一年に一度は必ずジブリ作品にフィーチャーした週があったりして、
アメリカ人ジブリ多分好き。
めぼしいタイトルはだいたい旦那と見たが、彼は「千と千尋の神隠し」が一番好きだと言う。
あの湯屋の、なんだかよくわからないけどごちゃごちゃしている感じが彼の目にはミステリアスでいいらしい。
また、ジブリ作品はディ●ニー映画などのプリンセスたちとは違って、
ヒロインが力強く自立して描かれているのも良いと言っていた。
わたしはハクが千尋におにぎりを差し出すシーンでいつも涙腺が緩むんだけど、
その気持ちをわかってくれるアメリカ人にはいまだひとりも出会ったことがない。
こいつらジャパニーズライスボールがどれだけ偉大かわかってねーな。
年取るとジブリのストーリーは心に染みて、何見ても涙腺緩むから困る。

ジブリ映画のサントラもまた、とても良いよね・・・
なんというか、しっとりした哀愁が根底にあって、ハリウッドでもちょっとこの雰囲気はないよね・・・
日本に帰りたくなる音色なんだよ・・・いいよね・・・


YouTube: 久石 譲 ピアノの現場は演奏します - あの夏へ (千と千尋の神隠し)


YouTube: Merry Go Round Life (Howl's Moving Castle Theme) - Joe Hisaishi


Anime vs. Cartoon
じゃあアメリカにもアニメあるのか、という話。
アメリカでは一般的に、”アニメ(Anime)”というのは日本製のアニメーションのみを指していることが多く、それ以外の“二次元の動画”には”カートゥーン(Cartoon) “が使われる。
また日本とは違って、二次元モノは子供向けという認識が一般的だ。
日本のアニメがシリアスからコメディまで、さまざまなバラエティに富んでいるのとは対象的に、アメリカのカートゥーンは”人を笑わせる”ことを目的に作られている。だから、大人向けのものでも基本的にシンプルでコメディ色が強いものが多い。

日本でも有名なCartoon Network(CN)は、
午後8時から翌朝6時までAdult Swimというチャンネルに変わる。
この時間帯は、CNの主なターゲット層である7〜15歳が寝静まった後だ。
Adult Swimオリジナルの番組を始め、他局のシンジゲーティッド番組、
日本のアニメなど(進撃の巨人、デュラララ!、攻殻機動隊などなど)を放送している。
性的な含みがあるものや、暴力シーンのあるものはもちろん、
他の作品の(痛烈な)パロディや、なんだこれは!と思うような突飛な番組もある。
日本で言う”大人向けの”アニメは、スリラーやミステリー要素を含んだ難解なものやダークなストーリーのことが多いが、
アメリカでは痛烈な社会風刺や”ブラックユーモア”と呼ばれるようなコメディが一般的だ。
個人的に、アメリカの大人向けカートゥーンというのは、
Jon Stewart, Steven Colbert, John Oliverなどの深夜トークショウの扱いとかなり似ているのではと思う。
(時事問題を取り上げたコメディについて、詳しくは過去の記事で)

アメリカ人の旦那に言わせると、今まで子供向けとしてだけ認知されてきた二次元のキャラクターたちにわざと現実世界の問題や批判をさせることがアメリカの大人向けカートゥーンのやりかたであるという。
その最たるものが先日リリースされた映画”Sausage Party”だ。
“まるで子供向け映画のように可愛らしく擬人化されたソーセージやホットドッグバンが、セックスやバイオレンス、保守的な政治や民族についてのヒューモア”をFワードを織り交ぜながら惜しみなく飛ばしまくる完全にR指定の二次元映画だという。
(http://screenrant.com/sausage-party-adult-animation-history/?view=all)


YouTube: SAUSAGE PARTY Trailer # 2 (Uncensored - Comedy, 2016)

どうする?映画館で見る?それともDVDまで待つ??



以下に紹介するのは、わたしが過去にハマったアメリカンカートゥーンだ。
どれも一話完結(もしくは2話程度)で見られて、前後のエピソードを見ていなくても楽しめる。
また日本のアニメのように原作がないから、
「原作ではこうだったのに!!」と憤るようなこともなくて、良い。笑
その代わり、長いシリーズになってくるとたまに物凄く中だるみしたシーズンがあったりするが、
それはそれでご愛敬なのかも?


Archer


YouTube: Holy Sh*tsnacks! | Season 7 Episode 10 Scene | Archer

ニューヨークの秘密諜報機関のイケメンスパイ、アーチャーと彼の同僚を描いたアクションコメディ。最初の3シーズンぐらいが面白かった。
ラナとアーチャーは結局どうなったんだ。
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Family Guy


YouTube: FAMILY GUY | Different Worlds from "Road to India" | ANIMATION on FOX

定番。アメリカの中流白人家族を描いた話。
いろいろひどい。
どういうワケか大学の時はこれをみんなして浴びるほど見ていた。
多分若いってこういうことかなと、今になって思う。
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Futurama


YouTube: THE SIMPSONS | Futurama meets The Simpsons from "Simpsorama" | ANIMATION on FOX

人間と宇宙人が共存する未来の地球の話。
シンプソンズのクリエイターが制作しているけど、話の内容はこっちの方がだいぶ突飛。
(このビデオはシンプソンズとのクロスオーバーの回より)
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The Simpsons


YouTube: 3 a.m. | The SIMPSONS

押しも押されぬド定番。アメリカ人みんな大好き!(と思う)
日本語吹き替え版で慣れ親しんでいたけど、初めて原語で見たときはその声質が日本語版とまったく同じで本当にびっくりした。
(このビデオは現行の大統領選を皮肉ったもの)



大学在学中、課外授業の一環で”The Simpsons”のスコアの収録に行ったことがある。
その時、作曲家のAlf Clausen氏直々にレクチャーがあった。
毎週、新しいエピソードごとにスコアを書き、オーケストラを雇って、実際に出来上がってきたアニメの映像をレコーディングスタジオで流しながらスコアを収録する。
これはアニメをただ平面の”アニメ”として扱うのではなく、リアルな感情や深みを出したいからだと言っていた。
というのを今ふと思い出した。




おわりに
日本のアニメいいぞー!するつもりがアメリカのカートゥーンもいいぞー!になってしまった。
日本のアニメが「大きい目や長い手足、凄い髪型」などなどをフィーチャーしたキャラクター達のユニークなストーリー展開を売りにする一方で、
アメリカのカートゥーンは比較的現実的な容姿のキャラクター達(それでも喋る犬だとか宇宙人だとかいるけど)が、実際の社会問題を取り上げて風刺をたっぷりお見舞いする。
どちらもそれぞれの良さがある。
これを機にアメリカの”二次元コメディ”に興味を持ってもらえたら是幸いです。


http://www.animenewsnetwork.com/editorial/1998-07-09
http://www.diffen.com/difference/Anime_vs_Cartoon

2016年7月31日 (日)

教えるという仕事から学んだこと

 


縁あって「教える」仕事をしている。
しかも相手は5歳からティーンエイジャーぐらいの子供たちである。
私が十代の頃、一番出来ないと思っていた仕事をもう数年しているのだから、
私のことを昔からよく知っている人などは「あんたが?!」と笑う。
最初は手に持ってた技術でお金になることを半信半疑で始めた程度だったのだけれども、
それも続くと案外様になってくるものだなあと思う。
人生わからないものである。

さて、いつぞやにまわってきた下表を見て欲しい。
(青田努さんという方はよく存じないのだけれど、
検索してお見受けする限りでは人事のエキスパートの方のようですね。)

Image1_2


私の経験上、本当の”超初心者”を教える場合、
「正しい方法で一発で覚えてもらう」というのが後々のことを考えても一番楽だ。
そしてそれを実行するためには、(この表からもわかるように)教える側の技術が物凄く問われる。
自分が課題を十分に把握して上手に出来ることというのはもちろん大事なのだけれど、
そこから他人に教える場合は、その自分を頭から切り離して考える必要がある。

この表は多分”大人対大人”を想定して書かれたものなのだろうけど、
“対子供”でも全く同じことだし、もしかするともっとシビアかもしれない。
子供達は大人が思っているよりもずっと賢いから、
④や⑦のいうように彼らが使うのと同じ言葉を選んで説明してやれば、
パズルのピースをはめるみたいに簡単にやってのける。
⑥の”スピードの調整”は、子供を教える場合は特に大事だと思う。
相手の理解のスピードを把握するのはもちろん、
彼らの集中力が持続する時間も把握する必要があるからだ。
5歳以下の幼い子たちは30秒保てば良い方で、それ以上長い時間同じことをやり続けられない。
だから、次から次へと新しいことをさせながら10分後、20分後、一週間後・・・というように何度も反復させるしかない。まさしく「手を変え品を変え」というやつである。


まだ駆け出しだった頃、「仕事である」という概念に囚われすぎていたことがある。
一分一秒でもしっかり教えなきゃ、という焦りがあった。
お金を貰う立場として確かにそれは間違ってはいないのだけれども、
困ったことにこちら側に焦りが出れば出るほど、子供は食いつかなくなるのだ。

小さい子供を相手にする場合、教える側が一緒に楽しんでいることが大切だ。
彼らのまだ狭い世界で起こっている日々の出来事を聞いてやり、ちょっとした雑談に応じることが、
もっとも大切なことだと気がつくまで随分時間を要した。
そして自分自身の教える技術が向上してくれば、それらの雑談のための時間は自ずと生まれてくるということも。
一日で出来たところを蛍光ペンでマークしてこれだけ出来た、というのを明確にしてあげると「え、今日こんなに出来たの?!」と彼らは喜ぶし、良く出来ました、と最後にキラキラしたシールなんかあげれば5歳児などチョロい。笑


”対大人”の場合でも同じことではないのかと思う。
私は、教えるということは一種のコミュニケーションの形だと思っている。
しかも、相手がその先、その分野を好きになれるか否かを左右するから結構責任重大だ。
どうせだったら、教える方も教えられる方も気持ち良くいたいじゃないか。




ちょっと昔の話
ここでちょっと昔の話をしようと思う。
私が以前働いていた「教える仕事」をする会社の話だ。
インストラクター達はその会社独自の学習方法のトレーニングを受けた後、
生徒達に派遣されるというシステムだった。
今の私の技術はほぼ全て、ここで過ごした期間に習得したものだからあまり悪くは言いたくないけれど、
ボクシングの稽古で度々サンドバッグにクソ社長の顔を思い描いてぶん殴っていることぐらいは許して欲しい。(お察しください)
早い話が
「見栄っ張りの社長とそれにただ黙って従うしか能のない肩書きだけのクズ重役に進言した私はある日突然クビになった」
という売れないラノベのタイトルにしても酷すぎるようなことが起きた。

大部分のことはシラフでは到底書けない内容なので割愛するが、ここで一緒に働いたわたしの同僚は皆、①ブチ切れてやめるか、 ②ある日突然クビになる(これは本当は契約違反)の二択だったことから(お察し下さいその2)


良い技術を持っている人が必ずしも良い指導者ではないという典型の職場だった。
今の私はここで学んだ技術を遺憾なく発揮して儲けるということと、
ここで関わった人達を全て反面教師にすることで成りたっていると言っても多分過言ではない。
転んでもタダでは起きるな!



サービスでお金をとるということ
サービスを提供するというのは「有形のプロダクト」という形でないから、
値段の付け方が少々難しい。
私の同業者のKは、私より若いがわたしより経歴も知識もある。
にも関わらず、私よりも安い料金でやっている。
私から見てもとても良い先生で良き友人でもあるのだけれど、
彼女の強みであり最大の弱点は”お人好し”であるということ。
彼女は、自分の生徒の友達だのなんだのですぐ理由を付けてディスカウントしたがる。
安くても知名度が上がった方が良いよ、と彼女は以前教えてくれたが、
安い知名度は安いクライアントしか呼び込まないから私は賛同しかねる。
お嬢ちゃん、お人好しってのは腹の足しになるのかい?


専門職というのは、サービスそれそのものを提供する対価だけでなく、
その技術を習得するまでにかかった時間や教養、今までの経験までに適正な値段を付けた総額を提示することだと私は信じている。
そしてその価値観がクライアント側と共有出来ないのならば、(私の場合は)そこに契約は成立しない。
そこにどんな理由があろうとも、私は絶対に絶対に、二度と自分の技術を安売りすることはしないと、前の職場での苦い経験からそう決めた。
それは同時に、自分自身に対する “値段に見合う仕事をする” という約束でもある。

前述した会社では、従業員に対する対価の考え方が信じられない程ずさんだった。
「サービス」という形のないプロダクトの性質の上に胡座を掻いて、
彼らは本来支払うべき対価をうやむやにしていたと思う。
また、サービスの向上(=従業員達の技術の向上)を含めた”クライアントの顔色伺い”ばかりに固執して、いつも第一線にいる先生達のケアを蔑ろにしていた。
彼らはそのうち私のことをスター選手だなんだと褒めちぎるようになったが、
私のそれまでの努力や献身に見合った報酬はいつまで経っても与えられなかった。

新しいプロジェクトの度重なる企画倒れや、クライアント数の伸び悩みに対する解決方、
経験を積んだ従業員達へ対する待遇の改善などを理路理然と提示したが、

肩書きばかりの裸の王様ならぬ”裸の社長”(※ビジネス経験ゼロ)は私の話にも私の同僚の話にも耳を貸すどころか最終的にその全員を気に入らないとクビにした。
それ以降私の心の両中指は会社の方角を向いて立ったままいまだに引っ込む気配がないのだが、それでも私はあれは必要な経験だったと信じている。


専門技術や知識を持っている人は、(まだ若造の私がこういうのもアレなのだけれども)
どうか、その技術、知識と経験に自分の納得のいく値段をつけること、
必要ならばそのために戦うことを恐れないで欲しい。

日本の人は、往々にしてお金の話をしたがらない。
でもお金の話をするのは、クライアントと円滑に気持ちよく仕事を進める大事な第一歩だ。
もし決裂したらそこまでで、最初からそんな話はなかったものとして次に進めばいい。
どうかどうか、うやむやにしないで欲しい。
正当な対価はプロとしての自信にも繋がる。
あなたの分野を知らない人は、あなたの価値を知らないのだから。



教えることの美徳
クビになった直後、もうこの仕事は辞めようと思っていた時、一人のクライアントが電話をくれた。
「うちの子はあなたのことが大好きだから、どうかまた教えに来てくれないか?」と打診された。正直あまり乗り気ではなくて、じゃあちょっとだけ、という程度の気持ちだった。
それがひとりまたひとりと生徒が増えて、なんだか知らない間に結局またこの仕事で落ち着いている。
リアルタイムでフィードバックが返ってきて、毎回スリル満点の一発本番。
対価は自分の言い値。
賭け値なしのやりがいがあると思う。
先日教えた5歳の子は「もうおしまいなの?!すごくたのしい!もっとやろうよ!!」と言ってなかなか帰してくれなかった。
もう3年ぐらい教えている7歳の子は、初めて出会った頃はそれこそ泣いたり怒ったりするのを宥めてすかしてばかりだったのに、
今はすっかりお姉さんの顔で代わりに泣いたり怒ったりしながらレッスンを受けている彼女の幼い妹を傍観しているのが本当におかしい。
彼らの両親すら知り得ないようなレッスン中の百面相を見て帰るだけなのだから、本当にオイシイ仕事だなあと思う。





2016年6月30日 (木)

アメリカに住むイチ外国人から見た大統領選

泣いても笑っても11月には新しい大統領が決まる。
七月の党大会を控えてこちらアメリカは良くも悪くもお祭り騒ぎである。
わたしはアメリカ人ではないし、人様に説法説くような高尚な政治的バックグラウンドも持ち合わせていないため、
あくまでも "アメリカに住むイチ外国人から見た大統領選" の視点でお届けしたい。
アメリカ人旦那がとてもそちらの方面に明るいので(とは言っても趣味の範囲だが)、わたしの知識の大半は彼の受け売りである。


まずお騒がせミスター・トランプ。
ムスリム信者の入国禁止発言に始まり、メキシコ人を犯罪者や薬物密売人呼ばわり。
移民の奥様が隣で見守る中での数々の人種差別的な発言には本当に驚く。
「不法入国されないようにメキシコとの国境にデカイ壁を作る!(※ただし費用はメキシコに払わせる)」というような数々のトンデモ発言はアメリカだけでなく全世界をドン引きさせた。
これに対しメキシコ大統領は「そんな費用ファッキン払わねえよバーカ!」と反論していて、どこからが本気なのかそれとも全部コントなのかわかりかねる。(ちなみにFワードは原文ママである)

トランプ氏はいわゆるbaby boomer (団塊世代)で、白人男性であることそのものがステータスのような人である。前の世代が築き上げた安定した世の中で育ち、"またあの頃のような生活をしたい" と願うトランプと同世代の人たちが、きっとトランプなら実現してくれる!と支持しているという。(もちろんそれ以外の人達もいるけれども)
支持者達は、彼の歯に物着せぬ発言を「正直」「大胆」「力強い」と賞賛する。
ある支持者は “彼が自分のビジネスで成功したように国をまわしてくれればきっと上手くいく”と言い、またある人は “Trump(トランプ)” という名前そのものが既に”成功”を連想させるという。
(こちらのJohn Oliverのクリップより 

Last Week Tonight with John Oliver: Donald Trump (HBO)
YouTube: Last Week Tonight with John Oliver: Donald Trump (HBO)

この回は本当に最高なので英語の出来る方は是非観てほしいです・・・)




トランプと、民主党から出馬している大統領候補バーニー・サンダースの2人は “真っ当な政治家をもう信じられない層” からの爆発的な人気がある。
ブッシュで酷い目に遭い、オバマで変化を感じられず不満が貯まった層が “ワシントンDC外の勢力” を求めているのだ。
他の候補者に比べ急進的な彼ら2人のもう一つの共通点は、政治活動費に対する姿勢。
アメリカには "Super PAC(スーパーパック)" という政党や政治家からは独立した団体があり、個人や企業、団体と政治家または政党の間に入り、スムーズかつ合法的な献金を可能としている。(アメリカでは企業や団体が政党や政治家に直接献金を行うことを禁止していて、個人献金には上限があるため。)
多くの立候補者がPACの強力なバックアップを得て何十億という政治活動費を得るのが普通で、その後ろ盾が無ければ勝つのはまず不可能と(一般的には)考えられている。
それでもトランプもサンダースも共にスーパーPACの使用を拒否していて、
大富豪トランプは自己資金で、
若年層の支持者の多いサンダースは何万何千という "少額の" 寄付から膨大な額の活動費を得て話題になった。スーパーPACにより大富豪たちから献金が無ければ勝てない、という現在のシステムを真っ向に否定する姿勢は、(例えトランプでも)好感が持てる。



共和党候補指名をトランプが勝ち取ってしまってからというもの、
“いかにトランプ大統領の誕生を阻止するか” という話をよく聞くようになった。

民主党候補のサンダースとクリントンは “トランプを負かすために協力する”というし、
共和党ですら急ピッチでトランプを蹴落とす作戦を立てているというのだから笑ってします。
他人の国のことながら(わたしはこの国での選挙権がまだない)、これで良いのかと思う。大統領選というのは、候補者の中からベストの人間を、未来を託せる人間を選ぶものだとわたしは思う。
だから 誰かを大統領にしないために誰か他を選ぶ というのは本末転倒だと思うのだけれど、そこのところはどうなのだろう?
その他、“民主党の選挙管理委員は最初からヒラリーを党代表にする予定だった(=サンダースには最初から勝ち目はなかった)” とまことしやかに囁かれていた噂はつい先日ハッカーがリークした文書によって暴露された
本当にもう、選挙ってどうしてするんだっけ?民主主義ってなんだっけ??



アメリカといえば、NYやLA、ハリウッド、セレブリティ、サンタモニカの輝くビーチ、マンハッタンの夜景・・・などという綺麗なイメージがあるかもしれないがこれはほんの一部で、
例えばミシガン州フリント市は数年前から水道水汚染問題を抱えているが、財源不足のため解決の目処が立たないまま現在も市民は鉛の溶け出た水道水の使用を余儀なくされている。
2016年のアメリカで、だ。
アメリカの生活水準というのは地域によって本当にピンキリで、貧困地域と呼ばれる場所のそれは日本の比ではないのではないだろうかと(勝手な憶測なのだが)思っている。

なんだかんだ言っても、わたしはアメリカという国が好きだ。
けれど先日のズートピアの記事に書いたように、いざ現地に赴いてそこで生活していくとなると、外からは見えなかった醜い部分もたくさん見えるようになってくる。
一口でアメリカと言えど東西南北都市ごとに全く違う価値観に、小さな島国出身のわたしなどはいまだに驚かされることがある。
多種多様な人種や宗教の人達が暮らす広大な国を一つに束ねて治めるなど、そりゃオバマも老けるわ、と心中お察しするしかない。


泣いても笑っても11月には新政権の誕生である。

あーあ、バーニー、Independentで出馬してくんねーかなー。



2016年6月29日 (水)

"Zootopia"



1986年生まれのわたしはご多分に漏れずディズニー映画を観て育った。

“バンビ(Bambi)”を見ては鹿を飼いたくなり、”わんわん物語(Lady and the Tramp)”を見ては犬を飼いたくなり、"ライオンキング(The Lion King)"を見ては子ライオンが飼いたくなり、ロビンフッドに恋をしてアリエルと歌いながら幼少期を過ごした。
白雪姫やダンボといった所謂”長編モノ”から短編集、Sing-alongシリーズまで、当時日本で発売されていた大体の作品はVHSやレーザーディスク(!!)で揃っていたと記憶している。
どの作品もそれこそVHSが擦りきれるまで(この表現久しぶりに使ったな・・・笑)見たが、
特に90年代の作品はストーリーはもちろんサウンドトラックが大好きで、あの頃のミュージカル的な構成がたまらなかった。

だから2000年代後半にディズニーが ”プリンセスと魔法のキス (The Princess and the Frog)”“塔の上のラプンツェル (Tangled)”でミュージカル路線で帰ってきた時にはとても興奮したものだった。
(これらのサントラの素晴らしさ足るや筆舌には尽くしがたいので今回は敬愛!)

さて、そんな昔ながらのテンプレプリンセスストーリーを踏襲してきたディズニー(ピクサー作品はここでは除く)が徐々におとぎばなし路線を離れ、姉妹愛や友情をテーマにすることが多くなってきた昨今で最も踏み込んだ内容なのが今作「ズートピア」なのではと思う。
動物のバディ(相棒)ムービーだというから完全にお子様向けなのかと思ったら、1時間40分の中に現代社会の抱える問題がこれでもかとふんだんに詰め込まれていてびっくりした。公開予定一年前に大幅な脚本の変更を経て、完成まで5年の歳月をかけたというディズニーの本気を垣間見た気がする。
主人公はうさぎのジュディとキツネのニック。
彼らのひととなりや取り巻く環境は、様々なステレオタイプや偏見による差別や過小評価、
それによって起こる人間関係の摩擦などに鋭く切り込んでいる。



(この先あちこち映画のネタバレをしておりますので未鑑賞の方はご注意ください。)








YouTube: ZOOTOPIA All Trailer | Disney Movie 2016



ジュディ・ホップス
憧れの大都市ズートピアで警察官になるべくうさぎだけのすむ田舎町バニーバロウから出てきたばかりの彼女は、良くも悪くもまだ若く世間知らずの女の子だ。
“Anyone can be anything (誰でも何にでもなれる)”を信条としているわりに、
洋服を着ることなく”ありのままの姿で”人生を謳歌するナチュラリストの動物たちを目の当たりにして面食らってしまうし、

キツネのニックと初めて出会った際には彼がキツネだというだけで疑いの目を向けて尾行、
初仕事に駐車違反の取り締まりを任せられた際には「駐車違反=つまらない仕事」という概念にとらわれてすっかり落ち込んでしまう。
詐欺師ニックの口車に乗せられてアイスクリームを奢るくだりなど、
いかにも初心で、都会に慣れていないという印象だ。
一方で、キツネは天敵だと教えられて育ちキツネ撃退スプレーを携帯しているにも関わらず、
アイスクリーム店でひどい扱いを受けたニックを助けた際には

“キツネに対して悪い態度を取る奴は見ていられない”と表面ばかりのことを言う。
彼女のこの薄っぺらな部分が後々物語の核心を突くことになる。




ニック・ワイルド
(a.k.a. ディズニー史上ロビンフッド以来のイケメンキツネ。最高オブ最高。)

純真で理想主義のジュディとは対象的に、ズートピアで育った彼はこの大都市の現実をよく知っている。どんなに大きな夢を持ってこの街に来ても、“人々の貼ったレッテル以上のものにはなれない”とジュディに説く。
“ずる賢いキツネ”という大昔からのイメージを地でいく彼は、ステレオタイプの通り舌先三寸の会話力を武器に12歳から詐欺で生計を立ててきた(しかも筋金入りの脱税者)。
いつもドライで斜に構えている彼の根底にあるのは”キツネだから”という理由で虐められた幼少時代のトラウマだ。
物語の中盤で、ニックはその体験から二つのことを学んだとジュディに告白する。
ひとつは『何が起きたかを誰にも悟られないこと』
もうひとつは『もしキツネだからという理由で ”ずる賢く信頼できない” というレッテルを貼られ続けるのなら、それ以外の何も目指す意味が無いということ』
”キツネに文字は読めないだろうが”とバカにされ、
“キツネを信じろっていうのか?”と鼻で笑われることがあっても、
反論することもなくただステレオタイプ通りのずる賢いキツネでいることに甘んじているのは、彼なりの防衛方法なのだろう。



劇中で一番力強いのがジュディとニックが仲違いするシーン。

肉食動物が突然失踪し凶暴化するという事件を丸く収めたはずのジュディは、軽率にも「肉食動物たちの中にある遺伝子が野蛮さを呼び起こしたのでは」という類の発言をしてしまう。
小さな草食動物として片田舎で育ったジュディの奥底にある”キツネ(肉食動物)は危険だ”という偏見が露呈することで、良好な信頼関係を築いていたはずのニックを傷つけてしまうのはもちろん、ズートピア全体を混乱に陥れてしまうのだった…



ステレオタイプや差別による痛ましい事件が多い近年、身に染みるストーリーの今作。

自由の国アメリカは誰でも受け入れる懐の広さがあると同時に、強烈な差別がいまだ強く根付いている国だ。現在全世界のニュースをお騒がせしている大統領選候補たちのプロパガンダを聞いてもらえばわかるだろう。
10年ほど前わたしが渡米した際も、(ジュディがズートピアに抱いていたそれと同じように)アメリカという国に対してただ漠然と”素敵な”イメージを抱いていたけれど、外から見るのと中から見るのは大違いだとつくづく思い知らされる。(もちろんこの国ならではの良いところもたくさんあるのだけれど。)
そんなシリアスなテーマを扱っているにも関わらず全体的にアップビートで笑いあり涙あり友情あり、老若男女楽しめるファミリー向け映画として落とし込んだのはさすがディズニーである。



しかしこの映画、紆余曲折あった制作期間5年の中で、当初肉食動物たちに”Tame Collar”と呼ばれる首輪をつけさせるというアイディアがあったという。

Zootopia - Deleted scene - The Taming Party from Animation Source FR on Vimeo.

上の動画は、年頃になる肉食動物の子供に首輪を付けるセレモニーのワンシーン。
「この首輪をつけることで、ズートピアは貴方を歓迎します」という類の誓いを復唱させられた後、首輪が付けられる。
その動物が少し感情的になるだけで、首輪が作動してチクッとする(んだと思う)という仕組みだ。
これは結局ボツになった案なわけだけれども、ちょっとショッキングなほど暗い。



Try Everything
劇中の歌姫ガゼル(シャキーラ)が歌うテーマソング”Try Everything”が
使用されているシーンは2つ。
一度目はジュディが上京してくるシーン。
『最後の最後まで諦めたり降参したりしないわよ。失敗するとしても私は挑戦したいの』
という前向きでパワフルな歌詞は、まだ見ぬ新天地での生活に思いを馳せるジュディにピッタリだ。
二度目はエンドクレジットで。
物語の最後、事件を経て少し成長したジュディは、警察学校の後輩へ向けてスピーチをする。
『小さい頃、ズートピアって何もかもが完璧なところだと思ってた。でも実際はちょっと違って、もっと複雑なのよね。自分がどんなどんな動物であっても、もし相手を理解しようと努力すればわかりあうことは出来るはず』
このスピーチの内容が、歌詞の意味へとかかっているのではとわたしは思う。
前進するジュディとニックを見せると共に、観客への応援とcall for action(行動を求める声)になっていて、とても気持ちの良い終わり方だと思った。

Shakira - Try Everything (Official Video)
YouTube: Shakira - Try Everything (Official Video)




題材が題材だけに、もっと小難しいことをああでもないこうでもないと言う余地はあるのだろうけれど、わたしはあくまでも「またキツネに恋してしまったいちディズニーファン」として純粋な感想を述べるまででおしまいにしようと思う。










おまけ
免許更新センター職員がナマケモノのワケ
DMV(Department of Motor Vehicles)とは車両登録や運転免許の手続きを行う、アメリカに実際にある行政機関で、本当に本当に仕事が遅くて憂鬱になる。

予約無しで行った日には2時間3時間平気で待たされるようなこともある場所だ。
職員役にナマケモノを選んだのは本当にガツンと来た。
一度でもアメリカに住んだことのある人ならきっとニヤリとしてしまったはず。



2016年5月31日 (火)

アメリカ社会に見る"多様性"

着せ替え人形として日本でも有名な”Barbie”。
これまで”白人仕様の肌に金髪、青い眼、モデルのような体型”がデフォルトだったバービー人形に多様性を持たせようと、様々な体型や肌の色、髪の色をした人形が登場。

160128114630barbieoriginalcurvyspli(左が従来のバービー。右がCurvy(曲線的な)バービー。)(CNN)




2006年には“バービー人形で遊んだ女の子はそれ以外の人形もしくは全く人形遊びをしなかった女の子に比べて細身の身体を望む傾向にある”という調査結果(Pearson)が発表がされたことからも、
いかにバービー人形の体型が小さな女の子達に影響を与えているかが窺い知れます。


アメリカは肥満大国として知られる一方で、メディアによる”細身信仰”が与える悪影響も大きな問題になっています。
プロによるヘアメイクの上にたくさんの修正が施された美しいセレブリティ達の写真。
雑誌の表紙には細いモデルの写真と共に「夏までに●●キロ痩せる方法」「ぺちゃんこお腹の作り方!」などの宣伝文句が毎月のように並びます。
今回の新しいバービー人形の試みは、そんな細身信仰の世の中から小さな女の子達を守るための大きな一歩として概ね好意的に受け止められています。



アメリカ社会での“多様性”を語る際に近年忘れてはいけないのは、ハリウッド映画における多様性の欠如。

2015年度のアカデミー賞にノミネートされた俳優女優が全て白人だったことが物議を呼び、SNS上では#OscarsSoWhiteというハッシュタグが流行、
抗議の意を表明するためにオスカー授賞式への出席をボイコットする俳優や監督が続出する大騒ぎになったのは記憶に新しいですね。

アカデミー賞を認定するのはAcademy of Motion Picture Arts and Sciencesという団体で、88年の歴史があります。
現在世界各国の映画業界のプロフェッショナル6000人ほどが会員であり、彼らが毎年アカデミー賞ノミニーと受賞者を決めます。
しかし2012年の調査によると、全会員の94%は白人であり、黒人はたったの2%。ラテン系になるとそれ以下の割合だといいます。また性別や年齢にも偏りがあり、77%は平均年齢62歳以上の男性、50歳以下の割合に関しては14%です。

今回の騒ぎを受けて同団体は会員制度や投票に関する改編、
2020年までにマイノリティや女性会員の割合を現在の二倍まで引き上げると表明しましたが、今からいくら多様性に富んだ新会員を投入したところで、投票結果を覆せるほどになるにはまだまだ遠く及ばないのです。(Garza)



また、ここ1年ほどで多く見かけるのが”原作ではアジア人の役に白人俳優がキャスティングされる”というケース。

去年は“1/4中国系、1/4ハワイ系”である役どころにその”どちらの系統でもない”エマ・ストーンが演じて大炎上。
つい最近では日本のアニメ”攻殻機動隊”の実写映画での草薙素子役にスカーレット・ヨハンソン、
マーベルコミック”Doctor Strange”でチベット僧として描かれている老師は”Celtic mystic(ケルトの神秘論者)”という新たな設定と共にティルダ・スウィントンがキャスティングされ、あちこちで物議を醸し出しています。
オスカー授賞式ではコメディアンのクリス・ロックがアジア人を差別するようなジョークを言ってこちらも大きな波紋を呼びました。

Yellowface is a bad look, Hollywood
YouTube: Yellowface is a bad look, Hollywood


↑このビデオでは”アジア人役が白人に取って代わられること”(英語ではWhitewashと呼びます)は今に始まったことではなく、一番古い映画では1944年まで遡ると述べてます。
これには1934年から1968年まで実施されていた”Hays Code”と呼ばれる映画の検閲制度が関係していて、汚い言葉遣いやヌードなどの他に異人種間での恋愛(interracial romance)も禁止事項のひとつとされていました。
今考えると信じられませんね。


そんな中最近生まれたのが“#StarringJohnCho”というハッシュタグ。(http://starringjohncho.com/)
John Cho は”Harold and Kumar”や”Star Trek”といった映画に出演したコリアンアメリカン俳優です。彼がもしハリウッド作品の主役だったら、という主旨で様々な大ヒット作品のポスターをあたかも”Starring John Cho”のようにフォトショップで修正したものがソーシャルメディアに登場。

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(上から、アベンジャーズ、ミッションインポッシブル、007スペクトルのポスター)


アジア人女優Constance Wuをフィーチャーした”#StarringConstanceWu”も登場し、今も多くの注目を集めています。
(http://www.starringconstancewu.com/)

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ほぼ単一民族国家である日本ではあまりこのような問題を耳にすることは無いかもしれませんが、
様々な人種、文化的宗教的バックグラウンドを持つ人達が住むアメリカではこのような議論は日常茶飯事です。
特に近年はSNSによって多くの人が声を上げられるようになったため、もっとずっと身近な問題として目に止まり、もっとフランクに話し合われるようになりました。
ハリウッドの極端な白人社会、皆さんはどう思いますか?








References:

Garza, Frida “The little we know about the 6,000 Academy members who vote on the Oscars tells us a lot” (QUARTZ)

http://qz.com/597343/the-little-we-know-about-the-6000-academy-members-who-vote-on-the-oscars-tells-us-a-lot/

Hess, Amanda “Asian-American Actors Are Fighting for Visibility. They Will Not Be Ignored.” (The New York Times)
http://nyti.ms/1Wi6hpD

Jagernauth, Kevin “Watch: Video Essay Details The History Of Hollywood’s Whitewashing Of Asian Roles” (The Playlist)
http://blogs.indiewire.com/theplaylist/watch-video-essay-details-the-history-of-hollywoods-whitewashing-of-asian-roles-20160422

Pearson, Michael “Barbie’s new body: curvy, tall and petit” (CNN)
http://www.cnn.com/2016/01/28/living/barbie-new-body-feat/

Rao, Sameer “#StarringConstanceWu Is Officially A Thing” (Colorlines)
http://www.colorlines.com/articles/starringconstancewu-officially-thing

2016年5月30日 (月)

第二回:タメになる(かもしれない)アメリカ生活術

タメになる(かもしれない)アメリカ生活術。
今月はアメリカの大学生活について少しお伝えします。

アメリカに留学をしてから11年目に突入しました。
半年ほどの語学学校生活を経て、
Community Collegeと呼ばれる”短大”で一般教養課程を修了した後、
University(四年制大学)の3年生として編入、無事卒業したのが5年ほど前。
アメリカの大学生はよく勉強する、というのは本当でしょうか?
わたしは日本の大学へ通ったことがないので比較することは出来ませんが、
その問いへの答えは概ね”YES”だと感じます。


授業スピードの速さもさることながら、
どの教科も課題がとても多いことがまず挙げられます。
特に読書量は半端無く、週末二日で一章丸々(100ページ前後)を読んでくるなどザラです。
(そしてそんな教科が三つも四つもある。)
また教科によっては毎回小論文を提出しなければならないクラスなどもあり、
それはそれで苦労しました。
加えて、わたしの専攻していた音楽ビジネス科は、
音楽理論やパフォーマンスの他にもビジネスマネジメントや商法(Business Law)の授業も求められるハイブリッドな専攻で、ピアノの練習の合間に法律の勉強、なんて日々も送ったものです。
また、Senior year(四年生)には授業に加えて音楽関連企業で3ヶ月のインターンをすることが必須でした。
(わたしは日本でも超有名な某映画製作/配給会社の映画音楽部門で3ヶ月過ごしましたが、まあ何というか二度と働きたくないような職場でした・・・。)

意外と知られていないことですが、多くの音楽専攻の生徒達は必須の授業の勉強の他に、
自分の楽器や歌の練習を一日何時間もしなくてはなりません。
作曲科の生徒達は曲の提出もあります。
音楽と言えど学問として学んでいるわけですから、技術と知識がしっかり伴わなければもちろん卒業させてくれません。
よく「音楽専攻なんて、楽器演奏しているだけで卒業出来るんだから楽でしょ?」と言われる音楽専攻ですが、そんなことはないのです。



そんな忙しい生徒が楽しみなのはやはり週末。
月曜日から金曜日までみっちり勉強して、週末はたいていパーティ。
誰かの家/アパートか、フラットハウス/ソロリティハウスと呼ばれる社交クラブの家で爆音で音楽をかけながら飲んだりBeer Pongをしたり・・・・。
カリフォルニア州では、午前2時以降のアルコール類の販売が禁止されていて、
酒屋さんはもちろん、バーなどもきっちり午前2時に閉まります。
その上ロサンゼルスでは車移動が基本ですから、飲んだあとのことを考えるとやっぱり近所で飲むのが手軽なのです。

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(Beer Pongとはテーブルの両端に置かれたビールが入ったカップにピンポン球を投げ入れあう"競技”で、相手が投げたピンポン球がカップに入った場合そのカップの中のビールを飲み干すというまあそういうゲームです。
酔ってるとこれが凄く楽しい。おかしい。
画像はwikipediaより。)



教授も評価される時代
アメリカの大学では入学式はありません。

各々大学に入った学期から全ての必須科目を終了するまでに要する時間は様々で、
4年で卒業するのが主ですが、夏期講習や冬季講習を受けてそれより短い期間で終わらせる人、
卒業まで8年も9年もかかる人もいます。
たくさんのクラス、教授の中から学期ごとに取る授業を自分で決め、登録します。
Community College時代よくお世話になったのが、Rate My Professorsというウェブサイト。
教授の名前でサーチをすると、授業の方針やテストの傾向、難易度など、以前その教授のクラスの”先輩”生徒からの評価やコメントが見られます。
日本でもこういうサイトはあるのかな?
一般教養教科はたくさんの教授が教えているので、
誰の授業を取るのがベストかを知るのには本当に重宝しました。




vs. 論文
今でも覚えているのはCommunity College時代の英文学のクラス。

課題の短編を読んで毎週エッセイを書いたりディスカッションをするのはもちろん、
クラスで映画や絵画を鑑賞して意見交換をすることも多々ありました。
学期末、課題図書からWilliam Faulknerの”A Rose For Emily”と
Tobias Wolffの”Hunters in the Snow”、
そして当時わたしが大好きだったTim Burtonの映画”Nightmare Before Christmas”の三作品を使って、”Emptiness”(虚無感)をテーマにした最終論文を書くという案を提出したところ、

「これまで何年も同じ課題を出してきたけど”Emptiness”をテーマにした生徒は今までひとりもいない。とても面白いと思うから、頑張って書きなさい。」

と言われてとても嬉しかったことを今でもよく覚えています。
当時まだ渡米2年目ほどで英語も大して上手くなく、毎週の課題も多くついていくだけでも大変で、
何度も除籍しようかと思ったクラスでしたが一生懸命論文を書いて提出しました。


その時よく利用したのが”チューター(Tutor)”。
大学院生などが学士過程の生徒の勉強を教えてあげるプログラムで、
(日本でもあるのかな?)その際生徒はお金を払う必要はありません。
週一ぐらいの頻度で書きかけの論文の添削や相談をしていましたが、
そのうち「論文良くしてあげたい!」という優しいチューターのお姉さんの思いが溢れすぎて
「おいこれはもう俺の論文じゃないぞ。あんたの論文だ。こんなことが言いたいのではない。やり直せ。」(超意訳)
とせっかく添削してくれた論文を突き返したのも良い思い出です・・・。


どの科目でも最後に論文の提出を求められることが多いアメリカ大学生活。
かなりの枚数を書かねばならないので、面倒くささのあまりに嫌いな人も多い課題ですが、わたしはいつも論文で輝く子でした。笑
膨大な量の文献、時には映画や現代媒介なども引き合いにだしてとにかく自分の意見をサポートサポートサポート。
時には必要な最低文献数が事前に決められていることもあります。
課題やリサーチというよりももはや”絶対に負けない手札を揃える”ことに美学を見い出していたような時期もあり、
文法的な間違いこそちらほらあるものの”物凄いリサーチ量と説得力”で大抵は良い評価をもらえていたように思います。
最初のうちこそ苦手意識のあった論文ですが、面白いことに数をこなす程に何をどう書くことが求められているのかわかるようになってくるのです。幼少の頃から物を書くことが大好きだったわたしですが、それが英語になっても挫けたり腐ることなく書き続けることが出来たのは、学生時代に受けたたくさんの励ましや手助け、
そして悪いところだけでなく良いところもちゃんと見つけて指摘し、努力を認めて褒めてくれた教授方の建設的な評価のおかげだと思っています。


最初からとても配慮の行き届いていて「大丈夫ですか?」「困ったことはありますか?」と手を差し伸べてくれる人がいつでもいる日本とは違って、
アメリカでは自分から「助けてほしい」と声を上げることが重要です。
真の意味で「生徒の自主性」が試されるのがアメリカの大学だと感じます。
日本の学校では、(高等教育までしか知りませんが)静かに授業を聞き、
テストで良い点を取ることのみが美徳とされていたように思いますが、
それはこちらでは通用しません。
テストや論文だけでなく“Participation”といって、手を挙げて発言するなどの積極的な授業参加も評価の一部とされています。
論文はもちろんディスカッションなども含め、とにかく様々な方法で自分の意見/主張を述べる方法を鍛えられた四年間の学生生活で、「筋道を立てて物を考え、それを形にすること」の力は特に培われました。
今のわたしがアメリカ人と対等に渡り合えるだけのコミュニケーション能力を身につけたのも、この4年間があったからこそのものだと思っています。

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(入学式がない代わりに、卒業式は盛大に行われます。)


おわりに
アメリカの大学生活について、少し知ってもらえたでしょうか?

つらいとか苦しいとか思う暇もなく駆け足で過ぎ去った4年間でしたが、
学業だけでなくたくさんのことを学び、そしてたくさん遊んだ時期だったと思います。
映画やドラマなどで派手にパーティをする大学生のシーンを目にすることがあるかと思いますが、彼らのその派手な週末の裏にも膨大な課題をこなす毎日があると思うと少し感慨深いものがありますね!




2016年4月30日 (土)

Toastmasters のススメ

Toastmastersとは、パブリックスピーキング(演説/スピーチ)やリーダーシップスキルの上達を目的とする非営利教育団体です。

アメリカが発祥ですが、今は世界中にたくさんのメンバーがいます。
会社内で作られたクラブ、バイリンガル向けのクラブなど、
クラブごとにそれぞれ違った特徴があり、
会う回数やミーティングの時間もクラブごとに決めます。
各クラブ内の運営委員会から始まり、
本当にのめり込んでいる人は上級のリーダーシッププログラムの本当に上の方にいたりしますが、
(ちなみにわたしは自分のクラブのプレジデント(代表)止まりです・・・。)
こういう上の方にいる人達は趣味でやっているというかもうプロです。

一番最初の自己紹介のスピーチから始まり、
スピーチの組み立てを考えるプロジェクト、
ボディランゲージ、パワーポイントなどの視覚資料を使うプロジェクトもあります。
2冊目の上級マニュアルからは自分の好みのスピーチスタイルに合わせて選ぶことが出来るのですが、この話は割愛。
またTabletopicと呼ばれるセクションでは、
質問に対して1分ほどの即興スピーチで答え、即興力を鍛えることが出来ます。
(実際5分スピーチするよりこっちのがよっぽど難しい。)

Img_4603(右の赤いマニュアルはリーダーシップマニュアル。
ミーティングでの役割の出来などを評価します。
使い古してしまったのでボロボロですね。)




Toastmastersの一番の特徴は、講師がいないこと。
Toastmaster (司会進行役)、Speaker (スピーチをする人)、
Evaluator (評価する人)など、いくつかある役割を毎週持ち回りでします。
みんなが生徒でみんなが先生です。
お互いに評価をしあって高めあう、というのが前提にあるので、
“constructive feedback”(建設的なフィードバック)が求められ、
”サンドイッチメソッド”と呼ばれる手法で、
「良いところ・改善点・良いところ」という風に批評することが推奨されています。
上手に批評することも大事な勉強の一環なのです。


わたしが以前、2〜3年ほど通っていたクラブは週一回、2時間のミーティングでした。
人種も年齢も様々、わたしの他にも英語を第二言語としている人が何人か在籍していました。
普段出会うことのない業種の人や、様々なバックグラウンドを持った人同士が集まって、
それぞれ違ったアプローチや観点でスピーチを披露するのを聞くのはとてもためになります。
また「お互いを高め合う」という目的について真摯に取り組む人が多いので、
いろいろ親身になって教えてくれる古参のメンバーも多いと感じました。
ここで仲良くなった人達とは、クラブをやめた今でもとても仲良くしています。
わたしは最初のマニュアルを修了したところで休止状態になってしまいましたが、それでも多くのことを学びました。
喋り方だけでなく、立ち居振る舞いやボディランゲージの使い方など、
面接や仕事で実際にたくさんの場面で助けられたし、
何よりもToastmastersでの場数でついた自信が大きな支えと感じることもあります。


アメリカ人は他人を褒めるのがとても上手です。
わたしなんかから見るとちょっと大袈裟なぐらい褒める時もあります。
先にも述べたとおり、Toastmastersはポジティブで建設的なフィードバックを返す場所です。
日本では出来ないことを何故出来ないのか咎め、
出来るまでやるように言い含めることが多いですが、
良かったところを褒めた上で「もっとよくするためには」を話し合った方が気持ちが良いし、向上心も培われるというものです。

多くのToastmastersクラブは常にゲストの訪問を歓迎しているはずです。
スピーチやプレゼンの技術を磨く第一歩として、
まずは近くのクラブを覗いてみるのはどうでしょうか? 

【閑話休題】英会話学習法の話。

先月の英語学習についての記事の続き。
わたしなりに効果があったと思う英会話の勉強法を少しだけご紹介します。

1:カタカナは使うべからず
英語と日本語の発音は全く違うものです。
それを日本語の筆記方式で書き表して都合の良いように習おうなど、
図々しいにも程がある!
今は発音してくれる辞書やウェブページも豊富にあります。
是非耳から覚えてみてください。
また、耳からではどうしてもわからないときは発音記号が役に立ちます。
目で見て、口に出して、耳で聞く。
そのループが大切です。



2:歌う
所謂”アンシェヌマン”という、語の区切りがない発音を覚えるにはこれが一番。
「何言ってるかよくわかんないけど聞こえたまんま取りあえず歌う」
これが結構、良いのではと思います。
それでなんとなく全部歌えるようになったら歌詞を確認すると、
A-ha!な感じがすると思います。
これはわたしが、3歳ぐらいから無意識でやっていたことです。
あの頃はSing-A-Longシリーズていう、
デ●ズニーの名曲名シーンに歌詞が流れてきて、一緒に歌えるっていうVHSがあって、
わたしはもうそれが大好きで大好きで大好きでそれこそビデオ擦りきれるんじゃないかってぐらい何度も何度も見ては一緒に歌っていました。
英語発音における大事なことは全部それから教わった気がします。



3:英語をたくさん聞こう!
出来るだけたくさん、毎日何かを聞きましょう。
ラジオ、テレビ、ポッドキャスト・・・・
Audio bookには、有名な役者さんが読んでいるものもあります。
通勤中の電車内で、渋滞中の車の中で・・・どこでも良いのです。
英語耳への道は一日にしてならず。


4:独り言を英語で
邪道かもしれませんが(笑)、独り言を英語で言うのは結構良い練習になりました。
その日の良かったこと嫌なこと明日の楽しみなことなど、なんでも良いのです。
思ったまま全て英語でひとりごとにしてしまいます。
もちろん、家でひとりの時に!
「英語の口」を作る練習にはとても良かったと思っているんだけど、ダメかな?



5:映画、ドラマ
ハリウッド映画や有名な海外ドラマ、特に”シットコム”と呼ばれる類のドラマは、
実はそんなにそんなに難しい単語を使っていないのです。
今でも覚えているのはドラマ”Will&Grace”内での台詞
“How can I make you feel better?”
これは落ち込んでいたり具合の悪い友達に対して、
「わたしに何か出来ることある?」と尋ねる言い回し。
良いな、使えるな、と思ったフレーズはその場でメモを取ります。
フレーズで覚えてしまえば、そのまま実生活でも使えますね。 


わたしもまだまだ勉強中の身。
皆さんのオススメ英語勉強法があったら是非教えてくださいね!

第二回:日本のここがすごい!「日本語」

ここ一年ほど、アメリカ人の旦那に日本語を教えています。
そして彼の教材をその度にもし自分が英語圏の生まれだったら、
日本語だけは習いたくないなあ、と思うのです。

だって、日本語は難しい。
とってもとっても難しい。
ひらがなカタカナ50音ずつの他に何千何万とある漢字の読みと意味も覚え、
その3つを組み合わせて使うなどとんでもない重労働です。
文法の違いはもちろん、日本語にはなんだかハッキリしない、
ふわふわした表現が多いなあと感じます。
例えば「●●に行く」と「●●へ行く」はどちらでも意味は同じだし、
「〜だわ」「〜よ」など所謂”女性言葉”も、英語圏の人に説明するにはとても難しいです。
「寒い!」だの「暑い!」だの、形容詞だけでぱっと伝えられるのも日本語独特です。
英語は必ず “IT IS cold/hot/warm”など主語述語が尽きます。

旦那がつい最近信じられない!と言ったのは、日本語の「ものの数え方」です。
人なら「一人」や「一名」、
動物は種類によって「一頭」「一匹」「一羽」、
船ならば「一隻」「一艘」「一艇」、
他にも「一脚」「一丁」「一枚」「一杯」「一膳」「一足」など、
助数詞だけでも本当に本当に数が多い!
こればっかりは場面場面で覚えていってもらうしかありません・・・・。
それから人称代名詞。
誰を相手にしても”I, you, he, she”で事足りる英語に対し、
日本語は「僕」「俺」「私」「あなた」「君」「貴殿」
はたまた「あんた」「てめえ」「貴様」、
創作の中ならば今でも「我が輩」「某(それがし)」「拙者」「小生」など
古風なものを見かけることもあります。

各地の方言なども挙げればキリがありません。

「しとしと」「ざあざあ」
「つるつる」「すべすべ」「ざらざら」「ぴかぴか」
これらの表現がいったいどういう状態を指しているのか、
わたしたち日本人は容易に想像することが出来ますね?
旦那にはこれは全く理解不能でした。
“なんで同じ言葉を二回繰り返すのか”
“どうして日本語はこういう’可愛い’響きの言葉が多いのか”と質問攻め。
英語ならきっと「ざらざら」は “rough”、
「つるつる」や「すべすべ」は “smooth”で一緒くたにされてしまうことでしょう。
もちろん、”smooth”をさらに説明することで”どんな風にsmoothなのか”と言うことは出来ますが、
「つるつる」や「ざらざら」のように一つの単語でぱっと質感を伝えられるのは凄いことだと思います。
日本語は季節に関するもの、こと雨に関する表現がとても豊かで、
例えば青々とした草木に降り注ぐ雨は「翠雨(すいう)」と言います。
翡翠色の”翠”に雨と書いて「すいう」。とても趣がありますね。
特に「遣らずの雨」(帰ろうとする人を引きとめるかのように降ってくる雨)なんて言葉は
これひとつでその情景が目に浮かぶようでとても奥ゆかしく、ぐっとくるものがあります。
先に出した「しとしと」などという湿気を帯びた言い回しも日本語特有です。

わたしの好きな日本語のひとつに西行法師の書いた句があります。

"ねがはくは 花のもとにて 春死なむ
その如月の 望月のころ"

桜の花を愛した西行が満開の桜の下で死ぬことを願って書いたものです。
五・七・五・七・七の中にこれだけの情緒を詰め込むことが出来るのも、
漢字一文字で多くを伝えられる日本語特有の長所だと思います。



そんな日本語の美しさや優美さがぐっと凝縮された定型詩として
「俳句」が近年海外でもどんどんポピュラーになってきています。
英語では五・七・五のルールにとらわれることなく、三行詩の形で簡潔に表現するというのが大切だそう。
季節感があるものであれば尚良しですが、季節の感覚などは国によって違うため、
無季語でも構わないのだそうです。

“古池や 蛙飛込む 水の音"

これは松尾芭蕉の有名な俳句です。
それをアメリカの作家Harry Behnが訳したものが以下。

An old quiet pond..
A frog jumps in to the pond,
Splash! Silence again.
https://en.wikisource.org/wiki/Frog_Poem)

世界中で親しまれるようになり、日本の伝統的なルールが少しずつ変わってきても、
感情や色とりどりの情景、歌を詠んでいる”瞬間”を大切にするという俳句の価値観は万国共通で受け継がれています。

(https://www.poets.org/poetsorg/text/haiku)



日本語はとても情緒のある言語です。
こと季節に関する言葉、表現は実に多彩です。
英語と同じく、国語や古文もいつもわたしの得意科目でした。
それでも、日本語の美しさや難しさに気がつくようになったのは英語を本格的に学ぶようになってからです。
今頃日本は「花曇り」や「花冷え」を使う時期でしょうか?
そのうち「五月雨(さみだれ)」や「翠雨(すいう)」の季節が来ますね。
英語の勉強の合間に、是非日本文学にも触れてみて下さい。
新しい発見があるかもしれません。